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人的資本の情報開示とは?必要な対応と開示情報

更新日:2023/12/21

人的資本とは、従業員のスキルや知識、付加価値を生み出すものを資本とみなし、投資の対象とする考え方です。
大手企業は2023年の3月期の有価証券報告書の提出に向けて、ヒトにまつわる情報を整備し、開示の準備を進めています。ヒトを「資源」ではなく、「資本」と見る企業が、これからは社会に求められていくことが予想できるため、未来に備えて、知識を蓄えておくことが必要と言えます。今後は、中小企業も対応が必要になる可能性があるでしょう。

今回は、人的資本の情報開示の概要と望ましい開示項目を解説します。



人的資本の情報開示とは?

近年、経営資源と呼ばれる「ヒト・モノ・カネ・情報」のうち、「ヒト」が資源ではなく、資本として見られるようになってきています。人的資本の情報開示とは、企業が資本である「ヒト」にまつわる情報を開示することを指しています。

人的資本とは?「人的資本」と「人的資源」の違い

人的資本とは、従業員のスキルや資格、能力を資本とみなし、投資の対象とする考え方です。
今までは、「ヒト」は経営資源の1つであり、人的資源とされてきました。人的資源とは、経営を行ううえで必要とされる要素の1つで、「ヒト」にかかる費用を“コスト“とみなす考え方です。
一方で、「モノ・カネ・情報」を動かすことができる「ヒト」は、能力やスキルを持って付加価値を生み出すことができるため、資本としての価値が向上し、投資対象=人的資本とする考えが広まってきています。つまり、「ヒト」にかかる費用は“コスト”ではなく、大きな成果を生むための資本であるとみなされるようになってきているのです。

日本における人的資本の情報開示の動向

日本における投資・企業価値と人的資本の関連や、人的資本の情報開示に関する動向について紹介します。

【1】「人材版伊藤レポート」 の公開

人材版伊藤レポートが2020年に公開されました。人材版伊藤レポートとは、(当時)座長であった経済産業省『持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会』の報告書のことを指します。(※1)
また、2022年5月には経済産業省が設置した「人的資本経営の実現に向けた検討会」の報告書に「実践事例集」を追加する形でまとめた「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。

人的資本経営の実現に向けた検討会報告書の画像 プレシキ!SCHOOL|プレシキ!スクール
人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書~人材版伊藤レポート2.0~実践事例集

世界経済などを踏まえて、政府は企業の経営陣が人的資本の考え方を理解し、変革を主導していく必要があると考えを示しました。
※1:持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会 報告書~人材版伊藤レポート~

【2】コーポレートガバナンス・コードの改訂案の策定

義務化内容説明
取締役会の役割・責務人的資本・知的財産への投資等への経営資源の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するように実効的に監督を行うべきである
情報開示の充実人的資本と並んで知的財産への投資と自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ、分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである
※日経クロステック「知財情報の開示を義務化 コーポレートガバナンス・コード改定」


コーポレートガバナンス・コードとは、上場企業が行う企業統治(コーポレートガバナンス)においてガイドラインとして参照すべき原則・指針を示したものです。東京証券取引所では、実行的なコーポレートガバナンスの実現に資する主要な原則を取りまとめた「コーポレートガバナンス・コード」を定めており、2021年8月に上記2点について人的資本内容の開示が義務化されました。

【3】人的資本に関する公的研究会の発足

2021年9月からは、経済産業省による「非財務情報の開示指針研究会」、2021年末には内閣官房による「非財務情報可視化研究会」が発足し、人的資本の情報開示が義務化されたのです。
人的資本の情報開示が義務付けられている対象企業は有価証券報告書を発行する大手企業4000社とし、2023年3月期決算以降の有価証券報告書には人材への投資額や、社員満足度といった情報の記載が必要になります。

人的資本の情報開示が必要とされる背景

【1】人的資本価値の向上

経済産業省が公表している持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会の事務局資料によると、特にグローバル企業においては、約8割が無形資産や無形要素によって市場価値を構成していることがわかっています。(※2)
企業の市場価値の構成要素が「モノ・カネ」などの有形資産から無形資産に移行し始めており、研究力、著作権、ブランディングといった無形資産を生み出すことができる「ヒト」の力は企業の価値や競争力につながっており、人的資本の価値が向上しているのです。
※2:経済産業省「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会(第1回)‐配布資料

【2】ステークホルダーの関心が高まっている

近年、ESG投資への重要性が投資家に認知されています。ESG投資とは、従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資のことです。そして、ヒトは社会(Social)に関連するとされています。短期的な人的資本状況が堅調であったとしても、人材育成が疎かだったり、人材戦略が経営戦略と紐づいていないと長期的な視点でリスクとなる恐れがあると認識されるのです。投資家はリスクを抱えないために、企業へ人的資本の情報開示を求めています。

人的資本の情報開示のポイント

人的資本経営の実現に向けて立てる人事戦略は5〜10年後の企業成長を見据えたストーリー性のある人事戦略を意識すること プレシキ!SCHOOL|プレシキ!スクール

人的資本の情報開示は、今後は中小企業も求められる可能性が高くあります。社内外の議論を参考にしながら、将来に向けた会社の成長と、それに欠かせない人物像やロールモデルなど実現状況を可視化するために、必要な項目や目標値を定義していくことが必要となるでしょう。
人的資本の考え方は、経営戦略と人事戦略を紐づけることによって確かになるため、情報開示に必要とされる項目にこだわるのではなく、企業としてのストーリーを組み立てることがポイントです。
今の課題解決ではなく、「将来の企業成長を見据えた戦略」であるということが人的資本の考え方に求められるでしょう。

人的資本開示事項の例

内閣官房は人的資本開示の在り方をまとめた「人的資本可視化指針」を策定し、「開示が望ましい項目」を公表しました。(※3)
ここでは、政府が望ましいとした開示項目を紹介します。
※3:内閣官房 非財務情報可視化研究会「人的資本可視化指針

【1】育成

開示が望ましい内容は「リーダーシップ」「育成」「スキル/経験」と記載されています。企業がヒトをどのように育成しており、どのような価値を見出しているかを記載する必要があることが予想できるでしょう。研修時間や研修費用、参加率やその効果が挙げられます。

【2】エンゲージメント

従業員エンゲージメントも記載事項の一つです。従業員が「働くことにやりがいを感じているか」は、人的資本の活性化を測る一つの指標となるでしょう。従業員の企業への理解度や、自発的意欲、ストレスや不満などを吸い上げて集約し、改善施策を実行していくことが必要です。

【3】流動性

「採用」「維持」「サクセッション」など、人材の流動性に関する事項も開示項目に挙げられています。また、離職率や定着率をはじめ、人材定着への取り組みなどの記載も想定され、流動性を可視化できるよう工夫をする必要があるでしょう。

【4】ダイバーシティ

「非差別」や「育児休暇」など、ダイバーシティについても開示が求められる方針です。採用形態や国籍などに関わらず、人材の多様性やそれに合わせた社内環境の整備を記載する必要があると言えるでしょう。

【5】健康・安全

健康・安全に関する開示が望ましい項目に、「精神的健康」「身体的健康」「安全」などが挙げられます。従業員が健康で安全に働ける環境への整備は、結果的に収益にもつながると言えるでしょう。導入している医療サービスや、労働災害の種類などの開示が推測できます。

【6】労働慣行

「児童労働/強制労働」「賃金の公正性」「福利厚生」など、従業員が文化的に安心して働くことができる環境の開示が望ましいとされています。採用基準や、評価と給与基準などを記載することが想定できるでしょう。

【7】コンプライアンス/倫理

従業員に対するコンプライアンスや人権課題への取り組みは、企業の社会的にかかわる事項と言えます。差別事件の件数や深刻な人権問題の件数などの記載が必要になってくることが推測できます。

まとめ

時代の変化に伴い、企業がヒトを選ぶ立場から、企業がヒトに選ばれる立場へシフトしています。これからは「人的資本」を重視し、競争優位性の源泉に繋げるために舵を切る企業が選ばれる立場になるという流れは必然になるでしょう。
情報開示に望ましいとされている7つの分野を基に、自社の人事・採用を見直すきかっけにする必要があると言えるのです。

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